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鼻風邪程度?

最近、ようやく寒くなってきましたが、皆さま風邪などひかれておりませんでしょうか

僕の方は、どうやら心が少し風邪気味の様子ですが、もう少しで完治しそうです

悩んでも仕方がないし

怒っても仕方がないし

悲しんでも仕方がないし

寒さの夏にオロオロ歩いても仕方がないんです

自分の許容範囲を超えている事に神経を注ぎこむことは、時間の無駄なんです

そういう事は分かってるつもりだったんですけど、いざ自分がその矢先に立たされるとなかなかそこまで思う事ができない

負の感情が僕を支配し、正常な思考を阻害し、行動障害を引き起こす

眉間に皺がより、くだらない揶揄にも本気になり、寝る前にお酒を飲む(あっ、これは関係ないか)

負のスパイラルから抜け出せない雰囲気を感じた僕は、妻に今考えてること、今悩んでること、今怒ってること、今不安に思ってること、今おならが出そうな事をぶちまけました。

その日だけじゃなく、事あるごとに湧き上がってくる感情を、逐一妻に報告しました

報告する事で、その感情をもっていた自分はもう古い自分なんだ、と思うようにしました

妻に今の感情を知られた自分はもう古く、今自分は新しい自分なんだと思うようにしました

少しづつ、風邪が治ってきている気がします

もう少しです、でも頑張りません

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僕の仕事の続け方2

(続きです・・・)

部署の移動があった。前任のケアマネが退職の為、僕が居宅のケアマネと通所介護の相談員を兼務する事になった。仕事は分からないことだらけだった。また、自分を攻撃しながら仕事を憶えていった。しかし、思い通りにならない事の方が多かった。辞めたくて、辞めたくて仕方がなかった。こんな何にも知らない僕が、人なんか救えるわけがないと思っていた。

数年後に、息子が生まれた。「超早期教育」が大ブームの今、僕も当然息子にやらせた。息子はなかなか出来なかった。毎日毎日繰り返しても、なかなか上達しない息子。僕は、段々とストレスが溜まっていった。息子は夜泣きが酷かった。あやすのは主に妻。夜中の2時だろうが4時だろうが、関係なく息子は泣く。妻のストレスも溜まっていった。ある日、ついに爆発。妻と大喧嘩した。どうしようもない言葉のぶつかり合いが、妻を攻撃し自分を攻撃した。息子に対して怒りをおぼえたことが、僕と妻どちらも攻撃した。この子の将来を考えないといけない、という声が僕と妻を攻撃した。何もかも投げ出したくなった。


息子と二人きりだった公休日、必死になってミルクをあげたあと、昼寝をしていた息子を何気に見ると、一瞬、ニコッと笑った。可愛いな、と思った瞬間に何かが落ちた。思い出した。僕はこの笑顔が見たかったんだということを思い出した。どんなに泣かれても泣かれても、必死であやして、お風呂に入れたり、嫌がる息子にミルクをあげたり、おむつを替えるのは、息子の世話をしないといけないという義務感からではなく、この笑顔が見たかったからなんだという事を思い出した。そして、息子の笑顔を見るにはどうしたらいいんだろう考えれるようになった。途端に、僕を攻撃する声が消えた。

妻が職場を辞めた。10数年間働き続けた妻に対して、組織からは労う言葉もなかった。組織とは何なんだろうと考えるようになった。組織は妻に対して、何をしてくれたんだと考えるようになった。途端に、そんなものに、必死でしがみつこうとする愚かさに気付いた。

僕の仕事に対する意識が変わった。自分が何でも知っているなんて思わなくなった。分からない事を分からないと認められるようになった。利用者さんと、家族さんと、サービス事業所と、一緒になって分からないことを考えていけるようになった。人に分からないことを聞けるようになった。分からないと自覚しているからこそ、人に聞けるようになった。分からない自分を責めなくなった。僕は救世主なんかじゃないと思えるようになった。利用者さんや家族さんが笑顔になるにはどうすればよいか、と考えれるようになった。そして、僕を攻撃する声は聞こえなくなった。

介護の仕事を辞めたい理由が変わった。仕事が嫌になったからではなく、僕がいなくなっても誰も困らないようにしたくなった。そんな仕事の仕方をしていきたいと思えるようになった。

介護業界は、離職率20%と相変わらず高い。人間関係や理想と現実のギャップで辞めていく方もいらっしゃいます。自分を攻撃するのは止めましょう。大事な自分を大切にしましょう。そして、その職場は辞めても、どうか介護の仕事は辞めないでください。

僕は、自分を攻撃する声が、聞こえてこなくなったから、この仕事を続けれています。そして、僕がいなくなっても誰も困らなくなった時、僕は介護の仕事を辞めれます。
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僕の仕事の続け方1

何故、この仕事を続けれているんだろう

若い頃は、バイクが好きだった。その当時だったら、バイク一台バラバラにしても、一から組み立てれる位に知識があった。2ストエンジンのピストン交換は1年に一回はしていた。チューブレスタイヤが殆どの時代だったのに、何故かチューブタイヤのバイクに乗っており、パンク修理は仲間の誰よりも速かった。点火時期を変更して、妙にトリッキーなバイクに変化させていた。電装系の一切付いていない、押し掛けでしかエンジンの掛からないバイクにも乗っていた。インターネットの普及していない時代、沢山のバイクの秘密の情報を知っていた。誰もが、僕はレーサーになるかバイク屋さんで働くと思っていた。僕も思っていた。

気付くと、福祉の専門学校に入学していた。今までと雰囲気の違う同級生、授業内容、何となく漂ってくるぬるさや、嘘臭く感じる教師や同級生の言葉が嫌で嫌で仕方がなかった。毎日が楽しくなかった。その頃も、僕はバイクで走っていた。そこでも誰もが、僕はレーサーになるかバイク屋さんで働くと思っていた。僕も思っていた。

気付くと、特養に就職していた。授業なんて碌に聞いてなかったから、おむつ交換のやり方が分からない。シーツを綺麗にするやり方が分からない。目の前の緑の三角形の物体(ナーセントパットね)が何なのかが分からない。お風呂を嫌がる人への対応の仕方が分からない。分からないことだらけだった。

このままじゃ駄目だ、と分からない自分を攻撃し、教科書を読み返した。人一倍、おむつ交換をした。いつも、シーツは皺を気にするようにした。段々と色んな事が分かったつもりでいた。

就職して2年目くらい、僕の夜勤中に利用者さんが亡くなった。自分の対応が充分ではなかったのではないかと自分を攻撃した。自分を攻撃し続けて、毎日が過ぎた。介護の仕事を辞めたくなった。

就職して4~5年目、先輩よりも後輩が多くなってきた頃、自分は誰よりも何でも知っている、何でも分かっているという妄想に取りつかれた。自分は何でも分かっていると思っているから、分からない職員を攻撃した。何故、そんなことができないんだと正面立って攻撃した。陰でコソコソと攻撃した。しかし、分からない(と、こっちが勝手に思っていた)職員が次々と増えていった。こんなんじゃ、何も変わらないと、勝手に悲嘆した。仕事を辞めたくなった。いや、ずっと辞めたかった。介護の仕事を辞めたかった。そして、辞めたいと思う自分を攻撃しながら仕事を続けた。

(続く・・・)

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過去の恥部

「ブログに下ネタは書くな!」と、早速妻に説教されたのですが、確かにmasaさんの講演を聞いて感動したあとの2回目のブログで、下ネタを書くのはいかがなものかと思い、大いに反省した次第です。でも、下ネタ・・・大好き。


僕は10代~20代前半の頃、『走り屋』をしていました。間違っても、ランナーではありません。峠や湾岸を、ツナギを着てバイクをバンク(傾ける事です)させ、膝を擦りながら走っていました。

初めて乗ったバイクは、友達のスクーター。自転車では決して味わうことの出来ない『風』に感動した僕は、アルバイトしてようやく免許証と自分の風を手に入れました。

といっても、初めから走り屋をしようなんて、思っていませんでした。知らない街にバイクで行くことが好きで、お尻の痛みをごまかしながら、夜遅くまで走りまわってました。座布団をお尻の下に敷いて走ったこともあります。

ある日、実家の近所の峠でぼんやりとコーヒーを飲んでいると、同い年位のバイクに乗った2人組が話しかけてきました。バイクの話に花が咲き、楽しい時間を過ごした後に彼らは「○○で一緒に走りませんか?」と言ってきたんです。最初は何のことだか分らず、いつ行ったら良いかを聞いてから「あぁ、いいよ」と言って別れました。

当日、その場所に行ってみると、その二人と共に、今まで見たことのない景色が待っていました。バイクを限界まで倒しながら、猛スピードでカーブを曲がっていくライダー、マフラーから聞こえる甲高いエキゾーストノート、テールトゥーノーズを何度も繰り返しながら、抜きつ抜かれつの走りを見せるライダー達、ウイリーしながら、いつまでも走り続けるライダー・・・。何もかもが新鮮でした。

そこから、僕の『走り屋人生』が始まったのです。アルバイトで得たお金をガソリン代とタイヤ代につぎ込み、来る日も来る日も、走り続けていました。一番速い、あの人に追いつくために。

いつの間にか、僕はそのスポットでは一番速くなっていました。走っている時の写真を友人が撮ってくれて、それが雑誌に載ったこともありました。僕を訪ねに、他府県の走り屋が遠征に来ることもありました。友人たちとゆっくりと流しながら走ったり、たまに、本気でバトルしたり、夜中までバイクの話をしたり・・・今となっては、懐かし思い出です。

何で、こんな過去の恥部を書いたのかと言いますと、こないだのmasaさんの講演の時に、ふと昔のことを思い出したんです。あの頃の、まったく知らない人たちとの交流のドキドキ感、楽しさを思い出したんです。今になって、あの頃のドキドキを再び味わえるとは思ってもいませんでした。

あの当時、ご迷惑をかけたであろう、皆様、本当に申し訳ありませんでした。


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プロフィール

眼鏡兼相談員

Author:眼鏡兼相談員
通所介護の相談員と介護支援専門員を兼務しています。
若い頃は、バイクにのめり込んでいました。
今は息子にのめり込んでいます。

介護の仕事での、皆さまの失敗談を集めています。宜しければ、匿名で構いませんので、下の掲示板に書き込みくだされば嬉しいです。
職種も一緒に書いてくだされば、なお嬉しいです。

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